介護職 転職

 

祖父が腰を痛めて、寝たきりになってしまいました。頭は元気で口は達者なまま、物忘れや痴呆の症状もありませんでしたが、年を重ねて弱った肉体にふいの腰の怪我が災いし、急にほとんど動けない体に。

 

離れて暮らしていたわたしは、ある日突然のその連絡がすぐには理解できませんでした。幼い頃から面倒を見てもらっていた祖父、そんな彼の面倒を観る日が来るなんて、「本当にいつまで生きていられるかわからない老体なんだ」と受け止めなければいけない日が来るなんて、想像もしていませんでした。

 

 

かなり高齢ですが内臓や脳は元気なままで、食事制限や通院・投薬の必要もなく、会話も意思の疎通も問題ありません。ただ、痛めてしまったのが腰だったため、身体を動かすことに異様な恐怖感を抱いてしまった様子。

 

 

怪我の早い段階で全く動かなくなってしまいました。歩くこと動くことは辛い痛いできない、食事やお風呂やお手洗いなどの生活動作はもうできないとの主張。座っていることも痛い苦しい難しい、寝ていることしかできないというのが本人の言い分。

 

 

お医者様からも同じような診断、「要介護認定」をいただいてしまい、見る見るうちに寝たきりの体になってしまいました。
子供の頃からずっとそばにいて、面倒を見て育ててきてくれた祖父の老い。切なく悲しく、認められない受け入れがたい事実ではありました。

 

いちばん辛く苦しくもどかしいのは本人でしょう、それは重々承知の上でも、仕事の関係で離れて過ごす私にとっては、どんどんと周りの家族の負担・気遣いが増していく状況が、とにかく辛く苦しく感じられました。

 

本人はリハビリなど努力しているつもり、必死に頑張っているつもりなのは目に見えていても、元気だった、健康に動けていた頃の祖父を思い出すと、辛いものが多々ありました。あの頃はこんなことをしてくれて、あんなことも一緒にやって、こんなはずだった人、と思うと、些細な日々に涙があふれて仕方ありませんでした。

 

幼かった頃のわたしを、細やかな気遣いと大きな愛情で育ててくれた祖父。夢と自分の理想を追いかけて故郷を離れたわたし。子供の頃は毎日面倒を見てもらっていたのに、大人になって離れて暮らすようになってからは、年に一度顔を見せれば良い方であるくらいに好き勝手していたわたし。

 

「おじいちゃんの心配はしないで、がんばって自分の道を進んで」と励ましてくれる両親。正解は何か、正しい道はどれかがわからなくなる瞬間がたくさんありました。
寝たきりになってしまってからもう数年、なんとか祖父はがんばって生きてくれています。日々の世話や介護はすべて実家の家族と親戚がしてくれているので、わたしは何の役にも立っていません。

 

それでも想いだけは日々抱いて、気遣いだけは忘れられずに過ごしています。隙間時間に電話して一言でも声を聞かせたり、少しでも手指と頭を使って欲しくて手紙を書いたり、食べてくれそうなお菓子を送ってみたり。
介護されている当事者に必要なのは愛と思いやり、介護しているサポーター達に必要なのは感謝と共感だと、痛感している日々です。