介護職 転職

これを読まずに転職は危険!?介護職のための体験談

 

実際の介護現場の体験談を厳選して紹介!
介護職への転職を検討されている方は必見です。

 

自宅介護を考える

 

自宅での介護には、ご家族の方の負担が大きなものになります。病名や介護度にもよりますが、日常生活のお世話をするのは本当に大変な事だと思います。

 

医療現場で長年働いてきましたが、本当のご家族でも、患者様を施設や病院に預けるケースが多いように思われます。決して非難しているわけではありません。

 

私なら、施設や病院に預けて、プロの介護を受けたほうが、本人も幸せなのではないかと考えるくらいです。しかし、自分がもし介護が必要になったとしたら、やはり、自宅で過ごしたいと考えると思います。

 

家族に迷惑はかけたくありませんが、高齢社会、健康でい続けることの難しさを痛感します。
家庭で介護するとなると、家族は勿論、地域の方や専門の機関にもお世話になる事となるでしょう。患者様を思う気持ちがないと、介護は苦痛以外の何物にもなりません。いかに苦痛なく、自宅での介護をできるかについて考えてみました。

 

老々介護のこの時代、病院も施設も満員状態になり、自宅での療養を強いられるケースがあります。また、ご家族の受け入れが出来ていないのに、自宅退院をする場合もあります。病院や施設側が自宅でも大丈夫と判断しても、ご家族が受け入れられるまでには時間がかかるものです。

 

自宅介護で一番困るのは、認知症による徘徊と、排泄が自立出来ない事のお世話だと私は思います。
今でも多くの認知症患者様が、徘徊により事故を起こされたり、失踪されたりしています。社会的問題にもなり、自宅の鍵やGPSなどによる対策が講じられていますが完ぺきではありません。

 

子供のお世話をするように、目が離せないでしょう。子供は日々成長し、育てる親も楽にはなりますが、認知症の徘徊は病状が変化するまで続くものです。介護側も時間も体力も消費します。

 

排泄が自立出来ていない介護も大変です。自宅が汚物で汚染され、掃除するストレスは、病院でお世話をするのと違ったストレスを生じます。
ベッドの寝たきりなら、腰の負担もかかりますし、徘徊のトイレが自立できないのは、本当に大変な事だと思います。

 

それでも自宅で介護をするご家族には、頭が下がります。自分は決してそうならないように考えていても、明日は我が身かもしれません。
自宅での介護は、ご家族の負担が伴いますが、ご家族の愛情がご自宅での介護を可能にしているような気もします。

 

色々知っている医療従事者より、いっそ介護の事などあまり知らない方のほうが、一生懸命介護をしているような気もします。

 

介護問題は私たち自身の問題

 

「介護」と一言で言っても、その大変さに関してはピンからキリまで、多種多様です。
それは、介護が必要である原因も、介護を受ける側、介護をする側の人の性格も多種多様であるという点が大きいのではないでしょうか。

 

仕事としての介護であれば、多少なりともマニュアルの存在や、同じ職場の先輩や同僚の助けが得られる環境があれば少しくらい、受ける側とする側の相性が悪くてもなんとか乗り切ることもできるでしょう。しかし、そう言ったサポートがない場合は、介護をするスキル自体に問題はなくても受ける側との相性の良し悪しが原因で退職する…なんていうことも珍しくないのではないでしょうか。

 

テレビなどでも度々話題に出るように、介護職は過酷でありながら給与がそれほど高くなく、人手不足になりがちなため、現場はますます大変になっていく傾向があるようです。
その上、ニュースになるような事件が起こったことが関係しているのか、介護関係の資格をとる難易度や条件も厳しくなっているといいます。

 

日本の良くない点として、様々な業種に現れているのですが、現代日本社会に必須である職業にも関わらず、働く方の待遇が悪いことが多いという問題が見えます。
これは介護もそうですし、物流を支える運送業でも送料の安さにより現場の過酷さが上がっているという報道も記憶に新しく、保育士も人手不足であり、そもそも保育所も足りていない、という問題も、頻繁に耳にする機会があります。

 

そんな、必要でありながら人手不足な介護業界ですが、利用料が安いといえるかといえばそうでもなく、働く側としては割りに合わないという現場であっても、利用する側としては高すぎて払えない、ということで、身内で介護をせざるを得ないという状況が発生しています。

 

介護は力仕事でありながら、人を支える精神をすり減らしかねない繊細な作業でもあり、介護相手に情があったとしても、それだけで乗り切れるほど易しい内容ではありません。
それを、仕事をしながら、あるいは退職した老年の方がずっとずっと続けていく…ということがどれほど大変か、想像力がある人であれば未経験でもわかると思います。

 

介護が必要な方は、これからも増えていく可能性がありますし、今は受ける必要がない私たちもその可能性があるのです。

 

国が支えるべきだ、とするのであれば、その財源はどこから?
待遇を良くすべきだ、とするのであれば、その方法は?

 

健康寿命が長く、介護が必要となる前に老衰で天命を全うすることができたらいいのかもしれませんが、理想を言っても現実は変わりません。

 

この問題については、一刻も早く、全ての人が自分の問題として、考えていかなければならないのではないでしょうか。

 

介護での大変な事について

 

私は実際に介護をして看取りました。その経験から、介護での大変さを実感した事を上げていきたいと思います。
介護をするようになったきっかけは、認知症です。認知症と診断されてから、かれこれ10年は介護生活でした。日に日に認知症が酷くなっていく母親をみて耐えきれなくなり、逃げたくなったこともありました。

 

介護生活といっても、楽なものではありません。体が動く動かないは別にしても、介護と言うだけで負担がかかります。認知症の母親を見放していると、冷蔵庫の食べ物を漁って食べたり、何度もお風呂に入ったり、外に飛び出して家の住所がわからず帰ってこれないと言うことがありました。

 

日に日にその症状は酷くなり、会話も何度も同じことをほんの1分前の行動すらもわからず、ひたすら同じ行動を繰り返していました。私が目を離しているすきに、外へ飛び出して迷子になったりなど私一人で一対一で介護生活も厳しくなり始めてきました。そんな中、内側から鍵をかけられ外に出られなくしたり、ヘルパーさんと協力して少しの時間は休憩を挟むようにしてからはだいぶ介護も楽になりました。

 

目が離せない子供のような介護生活は、私にとって体や精神面に大きな負担をかけていきました。介護をするにあたって、一人で介護をするのはとても大変な事です。ましてや、どんなに大切な人であっても、ときには怒ってしまったり嫌気がさしてしまったりすることもあります。

 

介護生活は決して短期間のものではなく、長期戦になることが多いです。長期戦になるともちろん、介護者の方にも体の不具合が出てき始めて、1番初めの介護の体力に釣り合わなくなっていきます。家族の方がある場合は、家族の方と交代で面倒をみたり、一人の場合は、ヘルパーさんや福祉支援を活用することで長期の介護生活を苦痛なく過ごすかがカギになってきます。

 

介護生活で1番大変だったのは、トイレです。認知症の進行が進み始めて、トイレに行ったことすら忘れていたり、尿意を催しても忘れていたりするため、お風呂に入れていました。

 

オムツをするように対策は練ったものの、オムツを毛嫌いしてオムツをぬいでパンツを履いていたりすることもあり、最後の最後には、寝たきりになったので、オムツ替えも体の不具合が出てきていた私にとっては何度もしなければいけない事に疲労を感じていました。

 

介護生活は長期戦であっても終わりはきます。最後の最後で後悔することももちろんありました。それぞれの病気によっては、大変さは異なってきますが、どんなことでも介護生活は大変なことです。

 

介護職の大変さ

 

専門職して介護をしている介護士の方はお仕事に対しての責任の重さが実感しているかもしれません。
作業の大変さの割に給与が少ないなどの問題により、退職する人も少なくないのが現状のようです。

 

せっかく介護福祉士を取得した人が別業種に転職してしまうのは、介護全体としてもとてももったいない状態。
そういったことを防ぐ意味でも介護職の方はよりよい職場へ移動するため転職を検討するのも一つの手かもしれません。

 

今は介護職の転職を扱ったサイトもたくさんあり、下記のようなサイトの役に立つかもしません。

 

介護転職ビギナーズ|初めて介護転職・求人の探し方を詳しく解説

 

いきなり別業種への転職を検討するよりも今持っている資格やスキルを考慮して転職することが最も大切なことではないでしょうか。

 

小説から学んだ介護の考え方

 

現在、50代の男です。母親を3年前から介護しています。母親は80歳まで町内を歩き回るほど元気でしたが、80歳を過ぎると急に体調が悪くなり、自宅での介護生活になりました。介護生活を3年続けて、最近になって介護に対する考え方が大きく変わりました。

 

今までの介護のやり方は、身の回りのことを何でもやってあげることが第一であり、少しでも母親の生活の負担を減らしてあげたいと思い介護を行ってきました。この考えた方がある意味では正解で、ある意味では間違いなのだと最近になって気が付きました。

 

そう思ったきっかけはある小説を読んだことです。その小説は数年前に芥川賞を受賞した羽田圭介さんの「スクラップアンドビルド」という本です。
この本の物語は1人の青年が実の祖父の介護をする話です。その物語の中で、主人公の青年が過度に祖父に対して身の回りのあらゆることをやってあげるシーンが出てきます。

 

そのことに対して作者は本当に非介護者の立場に立つならば、身の回りのことで出来ることは自分でやらせるべきだと言っています。それは使わない能力は衰えていく為、介護者が介護をすればするほど被介護者の能力は衰えていくからです。

 

今までこうした考えを持ったことが無かったので衝撃を受けました。この考えが介護にとって正解かは分かりませんが、良かれと思って、身の回りの全てをやってあげていたことが、長期的にみれば非介護者を衰えさせていたのではないかと思いました。

 

この本を読んでからの私の考えと介護生活が変わりました。母親に対して全てのことをやってあげるのではなく、自分で出来ることは積極的にやらせてあげなければならないと感じるようになりました。またそうした考えを持つにつれて、介護者が強く意識しなければいけないのは、被介護者が何が出来なくて、何が出来るのかを日々注意深く見守ることです。

 

介護生活では昨日出来たことが今日出来なかったり、日々変化あります。介護者はその変化を見過ごさず、相手のことを考えることが重要だと思います。
本読んでから介護生活が変わりました。私がやった方が早いことがあったとしても、意識的に母親にやらせる機会が増えたと思います。つい手を差し伸べてあげたくなる時がありますが我慢することもあります。

 

勿論、出来ないことは私が変わらずやっていますが、こうした生活にシフトしたことで心なしか母親が以前より元気なような気がします。
この年になって介護と本から新しいことを学ばせて頂きました。

 

夜勤のある職場での失敗談

 

私は何度か有料老人ホームへの転職を失敗しているのですが、このときも失敗してしまいました。要因は、介護職員の男女関係がひどく乱れていることでした。

 

介護付の有料老人ホームですから、当然、昼間勤務だけではなく夜間勤務もあります。

 

私が勤務していた有料老人ホームでは53名のお年寄りが入居していたのですが、夜間勤務は2人体制でした。

 

仮に夜間に火災が発生した場合、入居者全員を避難させるには不十分な人数なのですが、夜勤が2名でも法令上は認められているのです。

 

そして、私が入社した老人ホームでは、介護職員の男女比率が男3割に対して女性が7割であったため、どうしても男と女の組み合わせで、夜勤をすることになってしまいます。しかも、この老人ホームは満室ではなかったため空室があったのです。

 

介護の現場というのは、とくに入浴介助をするときなどは職員も薄着で肌が触れ合うため、気分的に若い年齢の職員同士でカップルになりやすいです。しかし、この老人ホームの場合は、異質な状況が生まれていました。

 

夜勤となった男女の介護職員が、深夜の時間帯に空室となっている部屋にはいり、その部屋のベッドで男女の営みをしてしまっていたのです。しかも一度や二度ではありません。

 

このため施設内で複数の「割り切った関係」が生まれていたり、なかには妊娠中絶をした女性職員までいたのです。
私はこの事実を入社して2ヶ月で知ってしまい、あまりに乱れた職場に入ってしまったと思い、絶望的な気持ちになったのでした。

 

東京では夜勤なしの介護求人がたくさんあるようですが私のところはそうではありませんでした。できればそういったところで働くべきでした。